3月29日の物語
ラウンジの時間は、ゆっくりと人を増やしながら、少しずつ色を変えていった。
最初に火がついたのは、映画の話だった。
なつとけんじの「マーベル見返したいんだよね」という何気ない一言。
それをきっかけに、さのちゃんの中にある熱が、静かに、でも確かに広がっていく。
語られるのは、作品の断片。
けれどその一つひとつが、鮮やかに立ち上がる。
「ドクター・ストレンジの石が!」
「宇宙最強の紫指ぱっちんゴリラ!」
少しだけ不思議な言葉たちが、かえって想像を膨らませて、場を引き込んでいく。
気づけば、そこにいる全員が、まだ観ていないはずの作品を、どこかで見たような気持ちになっていた。
その余韻のまま、今度は佐野ちゃんが部屋から模造刀を持ってくる。
さのちゃんとけんじによる、抜刀と納刀の所作。
ゆっくりとした動きの中に、張り詰めた空気が生まれる。
同じ「刀を振る」でも、時代劇と舞台では、その意味や見せ方が違う。
その違いを、ひとつひとつ確かめるように動きながら、周りの視線も自然と集中していく。
興味が、憧れに変わる瞬間。
せいとは、その場の熱に触発されるように、自分でも模造刀を買い出していた。
誰かの動きが、誰かの次の一歩になる。
そんな連鎖が、静かに起きていた。
夜が進む頃、始まったのは「無知ネーター」。
知っている人と、知らない人。
そのあいだにある距離を、言葉で埋めていくゲーム。
野球、仮面ライダー、サンリオ。
それぞれの得意分野が持ち寄られるけれど、簡単には辿り着けない。
もどかしさと、あと少しの感覚。
最後に、せいととけんじが並んで、ポケモンというお題に挑む。
周りの声も借りながら、少しずつ輪郭が見えていく。
そして、ようやく辿り着いた答え。
その瞬間、せいとの表情がふっとほどけた。
嬉しさは、声に出す前に伝わるものだった。
それぞれが好きなことをしていたはずの時間が、ふとしたきっかけで、ひとつに重なる。
集まって、離れて、また集まる。
そんな流れの中で、同じ場所にいることが、少しずつ心地よくなっていく。
この日のラウンジには、誰かの「好き」が、やさしく広がっていく時間が残っていた。
