top of page

3月31日の物語

  • 4月1日
  • 読了時間: 2分

この日のラウンジには、静かな創作の気配と、やわらかな音が同時に流れていた。


みずきちが持ち込んだ大きな荷物。

その中には、これから形になっていくものの気配が詰まっていた。


なつが企画する舞台。

その宣伝美術を、みずきちが担当することになっている。


MacBookを開き、画面に向き合う。

写真を置き、文字を並べ、少し動かして、また戻す。


その繰り返しの中で、まだ曖昧だったイメージが、

少しずつ輪郭を持ちはじめる。


なつは隣で、その変化を見つめながら言葉を添える。


「もう少し遊べる?」

「ここ、もっと筆圧強くしたいな」


作り手と、想いを託す側。

ふたりのあいだで交わされる言葉が、少しずつ同じ景色へと近づいていく。


完成にはまだ届かない。

けれど、その途中にある時間が、すでにどこか満ちていた。


ラウンジにそのフライヤーが置かれる未来を、誰もが自然と想像していた。


やがて、画面から視線が離れ、音が生まれる。


なつが鍵盤に触れ、えさっしーがカリンバを鳴らす。

そこに、友人のドラムが重なる。


音は、重なりながら形を変え、やがてひとつの流れになっていく。


「旅立ちの日に」をみんなで歌いながら、その場の空気がゆるやかに揃っていくのがわかる。


みずきちがふと気づく。

コードの似ている曲。


試しに重ねてみると、思いがけないほど自然に重なった。

驚きと、少しの感動が、ラウンジに静かに広がる。

言葉ではなく、音で共有される瞬間だった。


そのあと始まったのは「ひらがじゃん」。

文字を並べるだけのはずなのに、そこにはそれぞれの癖や思考がにじむ。


なつは食べ物を並べ、みずきちはどこか物語を感じさせる言葉を作る。

えさっしーの「きれぢ」に、誰かが吹き出す。


「あかん」や「てふ」といった、

少し外れた言葉たちもまた、この場にはよく似合っていた。


初めての人も、そうでない人も、同じテーブルで、同じように考え、笑っている。


特別なことが起きたわけではない。

けれど、ひとつひとつの時間が、丁寧に積み重なっていく。


創ることも、奏でることも、遊ぶことも。

そのすべてが、無理なく同じ場所に存在していた。


この日のラウンジには、誰かの想いが形になっていく手前の、静かで確かなあたたかさが、そっと残っていた。

 
 

最新記事

すべて表示
5月29日の物語

雨上がりのようなやわらかい空気が、ラウンジに流れていた。 「初めましての人もいるし、もっとみんなのこと知りたいな」 りのが棚から取り出したのは、『佐藤です。好きなおにぎりの具は梅です。』というゲームだった。 お題に答え、その答えを今度はみんなで当てる。たったそれだけなのに、不思議と人柄が滲み出る。 好きなもの。苦手なもの。思いがけないこだわり。 一巡終わる頃には、「そんな一面あったんだ」と笑い声が

 
 
5月28日の物語

ラウンジに降りてきたみやびとなつとすぎちゃんは、最初に少しだけ背筋を伸ばした。 床には、たいがが置いていたチラシが散乱している。 けれど、その場には誰もいない。 普段は閉まっているラウンジのドアも少しだけ開いていた。 「……不審者?」 誰かがそう呟いた瞬間、その説が妙に有力になってしまう。 三人は護身用として、殺陣練習用の刀をそれぞれ手元に置き始めた。 友人が遊びに来る気配がすると、すぐに刀を持っ

 
 
5月26日の物語

火曜日のラウンジには、いつもの笑い声があった。 でもその奥に、少しだけ“終わり”の気配が混ざっていた。 この日、えさっしーはこのシェアハウスを旅立つ。 だからまずは、えさっしーのやりたいことを全部やろう、という話になった。 机の上には、次々とボードゲームが広がっていく。 最初に始まったのは『答えを合わせましょうゲーム』。 価値観を揃える、シンプルだけど妙に盛り上がるゲームだった。 「好きなおにぎり

 
 
bottom of page