3月31日の物語
この日のラウンジには、静かな創作の気配と、やわらかな音が同時に流れていた。
みずきちが持ち込んだ大きな荷物。
その中には、これから形になっていくものの気配が詰まっていた。
なつが企画する舞台。
その宣伝美術を、みずきちが担当することになっている。
MacBookを開き、画面に向き合う。
写真を置き、文字を並べ、少し動かして、また戻す。
その繰り返しの中で、まだ曖昧だったイメージが、
少しずつ輪郭を持ちはじめる。
なつは隣で、その変化を見つめながら言葉を添える。
「もう少し遊べる?」
「ここ、もっと筆圧強くしたいな」
作り手と、想いを託す側。
ふたりのあいだで交わされる言葉が、少しずつ同じ景色へと近づいていく。
完成にはまだ届かない。
けれど、その途中にある時間が、すでにどこか満ちていた。
ラウンジにそのフライヤーが置かれる未来を、誰もが自然と想像していた。
やがて、画面から視線が離れ、音が生まれる。
なつが鍵盤に触れ、えさっしーがカリンバを鳴らす。
そこに、友人のドラムが重なる。
音は、重なりながら形を変え、やがてひとつの流れになっていく。
「旅立ちの日に」をみんなで歌いながら、その場の空気がゆるやかに揃っていくのがわかる。
みずきちがふと気づく。
コードの似ている曲。
試しに重ねてみると、思いがけないほど自然に重なった。
驚きと、少しの感動が、ラウンジに静かに広がる。
言葉ではなく、音で共有される瞬間だった。
そのあと始まったのは「ひらがじゃん」。
文字を並べるだけのはずなのに、そこにはそれぞれの癖や思考がにじむ。
なつは食べ物を並べ、みずきちはどこか物語を感じさせる言葉を作る。
えさっしーの「きれぢ」に、誰かが吹き出す。
「あかん」や「てふ」といった、
少し外れた言葉たちもまた、この場にはよく似合っていた。
初めての人も、そうでない人も、同じテーブルで、同じように考え、笑っている。
特別なことが起きたわけではない。
けれど、ひとつひとつの時間が、丁寧に積み重なっていく。
創ることも、奏でることも、遊ぶことも。
そのすべてが、無理なく同じ場所に存在していた。
この日のラウンジには、誰かの想いが形になっていく手前の、静かで確かなあたたかさが、そっと残っていた。
