6月10日の物語
ラウンジには、それぞれの時間が静かに流れていた。
誰もが同じことをしているわけではない。けれど不思議と、その空間にはひとつの温度があった。
なつは今度出演する舞台で使う小道具について頭を悩ませていた。
テーマは「小学生でもできるおばけ」。
怖すぎず、でもちゃんとおばけらしく。
友人たちも巻き込みながら案を出し合い、最終的に決まったのは提灯おばけだった。
「じゃあ作ろう!」
そう言ったのは、図工が得意なはるきだった。
画用紙を手に取ると、折り方を考えながら器用に形を作り始める。
本来ならそこに、なつが色を塗ったり装飾したりして完成させる予定だった。
けれど作業が始まると、なつは友人たちとの会話に夢中になってしまう。
笑い声を上げながら話しているうちに、気づけば提灯おばけはほとんど完成していた。
「ほぼ俺やん」
そう言いながらも、はるきはどこか誇らしそうだった。
出来上がったおばけは、どこか愛嬌があった。
怖いというより、舞台のどこかでひょっこり現れそうな親しみやすさがある。
「ちゃんとクレジット入れてね!」
はるきが冗談めかして言うと、周囲から笑いが起きた。
友人たちも完成品を眺めながら、「舞台で見たいな」と期待を口にしていた。
その頃、ラウンジの別の場所では、いっちーが舞台の稽古をしていた。
今度出演する作品『東中野サンブンノイチ』。
たいがや役者仲間も集まり、本来は台詞を覚えるための確認稽古だった。
けれど役者が集まれば、それだけでは終わらない。
一場面だけのつもりが次の場面へ。
次の場面からまた続きへ。
気づけば一本まるごと通していた。
台詞を追う目。
相手の言葉を受ける表情。
普段ゲームや雑談をしている住人たちとは違う顔がそこにあった。
友人たちも自然と見守る側になり、最後まで静かにその時間を共有していた。
芝居をしている人も。
それを見ている人も。
どちらも楽しそうだった。
この日のラウンジは、一つの輪になって盛り上がる日ではなかった。
小道具を作りながら語り合う人たち。
舞台稽古に集中する人たち。
久しぶりの友人と昔話に花を咲かせる人たち。
それぞれが別々の時間を過ごしている。
けれど、そのどれもが心地よく共存していた。
誰かの笑い声が聞こえれば少しだけ耳を傾ける。
芝居が始まればそっと見守る。
完成したおばけを見ればみんなで褒める。
そんな小さな優しさが、ラウンジのあちこちに散らばっていた。
それぞれの時間が重なり合いながら、静かに良い一日ができあがっていた。
