8月9日の物語
いつものラウンジが、少しずつ別の世界へと姿を変えていた。
数日後に控えたゾンビ作品の撮影に向けて、ラウンジに暗幕を張り、衣装となるシャツを血まみれにしていく。
同じシャツでも、汚し方にはそれぞれの個性が出る。
せいとはすっかりゾンビになりきって、手形をつけたり握った跡を残したり。みやびは血飛沫を散らしながら、「この人には何があったんだろう」と、一枚一枚に物語を想像していく。
そんな中、白いシャツを着てきてしまったいっちーだけは慎重そのもの。
「絶対につけたくない」
そう警戒しながら作業するものの、結局ほんの少し返り血を浴びてしまい、みんなの笑いを誘っていた。
手を動かしながら一つのものを作っていく時間は、どこか学生時代の文化祭準備にも似ていた。
完成前の景色だからこそ感じられる楽しさが、そこにはあった。
やがてフェンスらしいセットが出来上がってくると、せいとが「ここでインプロやりたい」と言い出した。
どう始めようかと話していたはずが、気づけばせいとはもう物語の中にいる。
フェンスの外にいたいっちーは、「五分後にゾンビになる人」に。
けんじ、みやび、せいとは生存者となり、突然ゾンビインプロが始まった。
最初は「いつものふざけたやつかな」と眺めていた友人たちも、次第に空気の変化に気づき、静かにその世界を見守っていく。
「自分がゾンビになるわけがない」と信じるいっちーと、それを知る生存者たち。
間にフェンスがあるだけで、近づけないもどかしさや、向こう側にいる存在への恐怖が不思議なほど鮮明になる。
実際のセットで動いたからこそ見つかった感情や、本番につながりそうな発見もあった。
さっきまで笑いながら作っていたフェンスが、今は物語を生む場所になっている。
撮影まで、あと少し。
作りかけのラウンジには、本番を待つみんなのわくわくが、少しずつ積み重なっていた。
